こんにちは、OYUKIHANです。
今回のお話は、前回の第50話に登場した熱血漢「Fくん」と同時期に仕事場に入ってきた新人の女性アシスタントさんのお話です。
と言っても今回はそれほどエピソード的に長い話ではないので、サクッと終わろうと思います。
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漫画界にはいろんな人が入ってきます。その中でも彼女は一段と異色の経歴の持ち主でした・・
漫画家を志す人は本当に様々です。様々な動機、様々な場所、年齢もさまざま。
この時入ってきた女性アシスタント、名前はHさん。年齢は28歳で、初アシスタント。
僕自身もけっこう遅めなスタートではありましたが28歳にして前の仕事を辞め、アシスタントとして新しくこの世界に飛び込むのは結構勇気のいるものです。
周りがほとんど年下の場合もあるし下手すると作家さんも年下って場合もある。年齢関係ない世界とはいえやはり年下にやいのやいの命令されたり怒られたりするのは結構心が折れるもんです(笑)
でもそれでも「漫画家になるまでの辛抱」と、みな意を決して飛び込んできます。中には「今までの生活すべて捨てて、マンガに人生捧げます」ってタイプも。
そこまで極端ではないですがこのHさんも、それまでの生活をすべて捨てる覚悟で業界に飛び込んできた一人でした。 しかも、その彼女の前職というのが・・
「お、お医者さん?」
アシスタントに応募する人たちが送ってきた履歴書を読んで、思わず作家のNさんが声を上げました。
なんとそのHさんという女性、都内の大きな病院で麻酔科に勤めていた本物のお医者さん、いわゆる「女医」さんだったのです。
あまりにスペックの高すぎる新人・・こちらの扱いも困る(笑)
彼女が初出勤してくるまで、話題はそのことでもちきりでした。
なんせ「看護師」さんならまだしも「女医さん」ですからね。今まで僕もいろんな人と仕事してきましたが「お医者さん」と知り合いになるのは初めてでした。
てかその前にホントに務まるのか・・はっきり言って漫画アシスタントなんてのは「生活面」で言えば全く食えない職業です。この時は忙しかったので人手不足だったしソコソコ収入はありましたが、ひとたび連載がなくなれば即無職となる不安定極まりない仕事。
そんなところに女医さんがやってきて一体何するのか・・。ひょっとして何か勘違いしてるんじゃないか。
医療の世界にも補助的な仕事をしている人たちはいるでしょうし、でもそういう人たちはいわゆる「専門職」だからそれだけでも結構な収入あったりするでしょう。
そう言う職種とカン違いしているのではないか。まさか、掛け持ちでもしなければ「ワーキングプア」ギリギリの生活をしている集団だなんて思ってもいないんじゃないかな‥とか、いろいろ職場でも話題は尽きませんでした。
そして個人的に彼女に対してどう接していいのか、その扱い方に困惑してた僕でした(笑)。
作家のNさん曰く
「マンガ業界に入ってくるのもアシスタントをするのも初めてだそうだから○○君指導よろしくね」
と僕にほぼ丸投げ。確かにその職場ではチーフ的な立場で他のアシさんに指示とか出してた僕ですが、相手がお医者さんて(笑)。大学病院では「先生」と呼ばれてた人に対して僕が何をどうしろと(笑)。
ただ単に僕が学歴コンプレックスや高スペックコンプレックスだからという部分もありますが、なかなかつらいものがありますよ。
何か言っても「理論」でやり込められてしまうんじゃないか・・などと余計な心配さえしていました。
ただそれでもやはり僕自身も「ちょっと面白そう」に感じてた面もあります。なんか病気にかかった時医者にかかる前に相談とかできたりするのかな・・なんて考えたり。
いずれにせよ、まだ会ってもいないアシスタントのことでこんなに興味がわく事なんてめったにありません。
一抹の不安を抱えつつもみんなどこかワクワクして「早く来ないかな・・」なんて、彼女の初出勤を職場の全員が待ちわびていたのでした。
いよいよNさん初出勤!彼女の第一印象は・・?
そしてついにHさん初出勤の日がやってきました。
他のアシスタント同様、最寄り駅で待ち合わせて手の空いた人が迎えに行くという段取り。
「じゃ、俺迎え行ってきます!」
普段自分からあまり積極的に動くタイプでないアシスタントのひとりが、今日はなぜか妙に率先して手を上げます(笑)。それから20分くらいして彼がHさんを連れて仕事場に戻ってきました。
「Hです。なにぶんこういうお仕事は初めてなので、ご迷惑おかけするかもしれませんがよろしくお願いします。」
僕「何というしっかりしたご挨拶・・・!」(笑)。初対面のHさんは、長身でいかにも聡明そうな人。
服装もオシャレで、僕みたいな「他にすることないので仕方なくアシになった貧乏人(笑)」とは確かに住む世界が違うような「リア充感」たっぷりの利発そうな女性でした。
さっそく、軽めのトーン貼りから最初の仕事に取り掛かってもらうことに。トーン貼るくらいは別に僕が指示することもないので、最近入ったばかりの若い新人君がトーンケースの場所や「61番はここ、グラデトーンはここ・・」など事細かに説明します。
かたや漫画の専門学校を卒業したばかりの新人君が、少なくとも数年間「医者」として社会経験を積んできたHさんに「軽い上から目線」で指示する様が何ともシュールで(笑)、妙におかしかったことを覚えています。
最初は緊張していたであろうHさんでしたが、言われた仕事を黙々と行う姿、その真剣なまなざしから「やっと自分がやりたい仕事につけた」喜びのようなものが感じられました。
実際トーンなどを選んでいるときなど、軽く「笑み」を浮かべてるのがわかりました。(お前そんなに彼女の事監視してたんかい!と言われそうですが いや違うんです(笑)!彼女自身気付いてないかもしれませんがほんとに「フフッ」などと声が漏れていたので、僕だけじゃなく他の人も気づいたんですよ。)
とにかく「漫画関係の仕事に就くことが昔からの夢だったそうで、アシスタントになれた時点で「自分の夢が叶った」くらいの勢いで喜んでいたそうです。
そうやってだんだんと彼女自身も打ち解け始めると、軽い身の上話をするようになってきます。
我々も彼女が「医者」という安定した暮らしを捨ててまでこの業界に来た理由を知りたくてうずうずしています。質問攻めに答えるように彼女が静かに語り始めました。
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Hさんがここへやってきた経緯・・紆余曲折どころか「壮絶」だった(笑)
Hさんが以前勤めていた病院は、芸能人などもたまに入院したりする都内でも有名な大学病院。
そこで「麻酔科医」として6年間勤めていたそうです。
麻酔科医とは
家族は、もちろん両親も医者で兄弟二人ももうすでに独立して開業医だったり別の病院に勤めているという「医者一家」。
小さいころから「自分も将来は医者になるんだろうなあ」と漠然と思っていたHさん。ご両親も当然そのつもりでHさんを育ててきたと言います。
しかしHさんにはもう一つ、子供の頃にどうしてもなりたい職業として「漫画家」というものがあったそうです。でもそんなこと周りには言えず、Hさん自身も漫画はあくまで趣味として楽しもうと、一時はその夢をあきらめ、普通に大学に行き見事お医者さんになったわけです。
ただそうして麻酔科医として毎日を過ごすうちに、「本当に自分はこれでよかったのか・・」と思うようになったそう。
お医者さんと言っても、麻酔科医というのはその世界ではあまり立場的には高くないそうですね。前述したとおり、麻酔科医とは手術などに立ち会って麻酔薬を管理したりいわば「補助的」な存在。中には結構イヤミな先生とかもいて、やたらこき使われたり、見下されることもあるそう。
「ブラックジャックによろしく」ばりのなかなか「大学病院の闇」を見るようだったらしいです。
そのうち「私はこのままこの仕事続けてていいんだろうか‥」と疑問を持つようになり、そうしているうちにだんだんと子供のころからの本当の夢である「漫画家になりたい」という思いが日に日に強くなっていったそう。
「麻酔科医なんか辞めて、本格的にマンガ家になるための勉強がしたい」
しかしそう思ったところで、今すぐ辞められるはずもなく、ましてや両親が許すはずもない。そこで、長期スパンで計画を練ります。まずは独立したいからという理由で実家を出て、アパートに住みます。
両親はマンションかなんかだと思ってたのに普通にその辺にあるアパートだったので驚いたそうですが、アパートが病院の近くだったので「通勤に便利」ということでOKしたらしいです。
そこから半年くらいかけて「自分がいなくなっても仕事が回るよう「後継者育成」に力を注いだ」という事です。実にこの辺は用意周到です。
そしてようやく自分の力が無くても仕事が回るようになったころ、誰に相談もなく「退職届」を出します。そしてそのまま、アパートに引きこもってしまったそうです。
もちろん漫画家になるため毎日絵の勉強したり漫画を描いたりしてたそうですが、驚いたのは両親です。
さっそく彼女のアパートへ話に行くご両親。そこではじめてHさんは、自分の本当の気持ちを両親に伝えます。その時のご両親の激怒と落胆ぶりは想像しなくてもわかります。てゆーか僕が父親でも怒ります(笑)。
せっかく医者になるために様々な教育をしてきて、現在立派に医者として働いているのにその安定した生活を捨ててでもなりたい職業が「漫画家」って。
当然ご両親は漫画なんて縁のない生活をしてきたわけで、もう娘が「頭がおかしくなった」くらいに思ったでしょうね。
それでもHさんの決心は固い。ついには兄弟も加わっての家族会議へ。
父は怒鳴るわ母は泣くわ兄弟は呆れるわ。まさに「針のむしろ」状態。そして父親がHさんに向かってある言葉を発した直後、今度はHさんが激怒します。
「お前をここまでするのにいくらかかったと思ってんだ!」
この言葉にブチ切れたHさん、ついに
「誰も頼んでねえんだよ!そんなに金がもったいないなら全額返してやるよ!それなら文句ねえだろ!」
実はHさん、独立した後の活動資金として自分の貯金を少しずつ下ろしていました。その金額実に数千万(そんなに持ってるのがすごい💦)。そのすべてを、後日両親に向かって投げつけたそう。
「これでいいだろ!あとは好きにやらせてもらう!」
と家を出てきた・・というのが、この職場に来るまでの経緯だそうです。
・・・いやはや。私も両親を説得して出てきた口ですが、ここまでの覚悟があったかと言われると疑問です‥。
結局、両親からはほぼ「勘当同然」で独立し、アパートで暮しながら漫画を描き新人賞に応募。そこで担当さんがついてうちの仕事場を紹介されたそうです。
最初は「医者が漫画家になるって・・何の冗談?副業みたいに簡単に考えてんじゃないの?」とちょっと上から目線だった我々も、Hさんの「紆余曲折」どころか「壮絶」な過去を聞かされて「スゲーな」と感心しきり。
そんなHさんだからこそ、上で書いたようについに念願だった漫画界でプロの仕事を手伝わせてもらうことになったことを本当に喜んでいたわけです。
そんなHさん、今どうしてるかと言うと・・
暫くはそうやって楽しそうに仕事をしていたHさん。自分の漫画も描きながらアシ仕事と、普通のアシスタントがたどる道を進んでいましたが、「医療の世界から漫画界へ」なんて、そんな逸材を編集部がほおっておくわけありません。
しばらくして、いわゆる「医者モノ」の漫画を担当する編集さんから「医療監修」のオファーがきました。
医療界モノや政財界モノなど、専門知識の必要な漫画を描く際には間違ったことを書いてしまっては後々面倒なことになったりします。そのためその世界のプロの方に取材をして協力を得ながら連載する場合が多いのですが、相手も忙しかったりお金がかかったりいろいろ大変だったりするのです。
でもHさんの場合はまだ新人でしかも今現在は退職してフリーの状態。でもそこそこ専門的な知識は持っている。こんな編集部にとって都合のいい人材はいないわけです。
本職の漫画ではなくやはり「医療関係」で重宝されることに最初はHさんも渋っていました。せっかくあんな思いして断ち切ってきた世界と、またつながりを持ってしまうようで嫌だ・・とね。
ですが・・Hさんの個人的な事情もあり(経済的にいろいろ入用になったそうで・・。あまり詳しくは書けませんが(笑)。お金は両親にたたきつけた経緯もあって今さら両親にも頼めない。けどアシスタントだけで食えるような世界ではない。)
結局、少しの不満を感じながらもHさんは当時立ち上げたばかりの「医療漫画」に「原案協力」という形で参加することになりました。
のちにそのマンガはテレビドラマ化されるほどの「大ヒット漫画」になったわけですが(笑)。
それから彼女はいろんな医療漫画に引っ張りだこ。無事「原案協力者」として仕事をして行くことになりました。アシスタント期間は・・半年もあったかな(笑)。
けど今は何してるのかは知りません。アシだけでは食えないとはいえ、「医療監修」だけで食えるのかと言ったら・・う~ん。自分の漫画で食っているという話も聞かないし。
まあ今は旦那さんも子供さんもいるようなので、旦那さんに稼いでもらって自分は副業で医療監修という形なら十分やっていけるのかな。
いずれにせよ、何の武器もコネもない我々からすれば「医者」という武器はやはり「強力」なんだなあと。またまた「権威コンプレックス」&「高スペックコンプレックス」にさいなまれた「凡人」の嘆きにすぎませんが(笑)。
以上、これまた個性的なアシスタントHさんに関するお話でした。いやあホント、自分もけっこう変わった人間だと自覚はしてるのですが・・この世界には実に様々なタイプの人間がいるものです。そういう意味では楽しい世界ではあると思います・・・。
もちろん「いい人」ばかりではありませんが(笑)。まあそれはどこでも同じか。
サクッと終わると書いておきながら結局長くなってしまいましたね(笑)・・スイマセン。
ではまた。
つづく
(この体験記は不定期更新となります。次に続いたり、しばらく後だったりします。ご了承ください。すぐ続きがお読みになりたい方は、こちらをクリックしてください。)
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