全員が初対面、初めての「教える側」・・緊張の「カンヅメ初体験」!漫画アシスタント体験記第28話

taiken 漫画アシスタント体験記

漫画やドラマでよく見た風景

持ち込みに編集部に行っていると、担当さん以外でも何人かの編集さんと顔見知りになり、仕事を頼まれる時もあります。

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原稿の依頼が一番なのですがそれだけじゃなく例えば「新人賞募集の広告用の一枚絵」などを頼まれたり。私も何度か経験あります。描くものは基本自由ですが、まあ「一生懸命漫画を描いてる若い人が無難なとこですかね。自分の得意なキャラクターにペンを握らせたりね。一枚9000円から1万円、小遣い稼ぎにはなります。

ただ、この時私が編集さんに頼まれたこと・・それは、「明日が締切の読み切り漫画のアシスタント」でした。

私が担当さんと打ち合わせをしていた時、その雑誌の副編集長が青い顔で編集部に飛び込んできて、近くの編集さんに「今すぐ集められるアシスタントいないか?」と頼み込んでいました。

話を聞いてみると、新人の作家さんで読み切りを載せることになったのですがなかなかネームが進まず、作業にかかったのがつい昨日。しかも大阪から上京したばかりで知り合いもおらず、アシスタントがいない。締切は明日の夕方。今から漫画界ではおなじみのいわゆる「カンヅメ」状態となって徹夜で原稿を描き上げなければならない。そのためのアシスタントを急募したい、という話でした。

ちょうど打ち合わせに来ていた私にも声がかかり、レギュラーの仕事にはまだ間があったのと、「カンヅメ」とやらを一度経験してみたくなり、とりあえず参加をOKしました。

結果私の他にアシスタントが三人。作家さん入れて計五人で仕事をすることに。挨拶もそこそこに編集部近くの和風旅館へ。ここは編集部御用達の旅館らしくカンヅメの時は必ずそこを使うことになってるようでした。

事実私たちがその旅館に入ると、明らかに「同業者」風の男たちが洗面所で歯を磨き、別の部屋からは今まさに「仕事中」を思わせる作家さん(らしき人)がアシスタントに指示をしている声が時折漏れていました。

まさかこの旅館にいる人全員が漫画関係の人?と思ってしまうほど。副編さんがそこらにいる人みんなから挨拶されたり旅館のスタッフともすっかり顔なじみなことからも、いかにここが歴代「カンヅメ旅館」として使われてきたかがわかります。

奥の大部屋に着くと、12畳ほどの広さ、真ん中に大きなローテーブルが二つ並べて置いてあるだけの和室で作家さんが一人作業をしていました。

挨拶もそこそこにそれぞれが適当にテーブルの周りに座って仕事をするといういかにも急場しのぎの様相。昔の漫画かドラマでしか見たことありませんよ(笑)

しかも、みんな打ち合わせに来ていた新人なので仕事道具を持っていない。持ってる人もいたがほとんどは編集部が用意した道具を共同で使うという。まあ道具は皆同じと言うけどやはり使い慣れたものがいいというのが本音。しかしそんなことも言ってられません。

相談し合いながら適当に道具を分配し、さあ作業開始と行きたいとこですが・・まずその作品がどういった作品でどういった作風でどういったタッチがいいのか、作業の進め方、指示系統の確立など始める前に結構やることはあるんです。なにせ全員が初対面で内容を知ってるのは作家さん一人。自然に質問が集中してしまい、それで作業がストップしてしまうこともしばしば。

漫画を一本描き上げるのには確かに人数が必要ですが、短期決戦の場合数が多ければいいということもなく、むしろ多いからこそ混乱が生じてしまうことがあるのです。ネームを読み、今まで描かれた原稿を確認し、ある程度内容を頭に入れないとスムースに仕事が進みません。

ましてや今回は作家さんもアシスタントを使うのは初めてという人なので、仕事の振り分けにも慣れておらず、早くもテンパってるのが丸見えです。

編集さんはもう「自分の仕事は終わった」とばかりにあとよろしく!とのんきに出て行ってしまい、残ったのは焦る作家、わからなくて困惑するアシスタントの脆弱な5人の新人だけ(笑)

内心「えらいとこ来ちゃった。やっぱ止めとけばよかったかな」と、まだ仕事もロクに始まってもいないのに早くも後悔しきりの私でした。

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初めて経験する「教える側」の苦労

 

さていよいよ作業開始ですが、ここでまた初めての体験が。なにせ急場しのぎに集められたメンツ、とにかく経験もなにも問われずにただ「そこにいた」だけの連中。もちろんズブの素人がいるわけではないですが、中にはほとんどそれ同然の方もいらっしゃいました。

仮にNくんとしましょう。当時弱冠20歳、投稿経験はあるがアシ経験はなし、本格的に漫画を描き始めて1年ちょっとの超新人クン。誰かの指示を受けて他人の漫画を手伝うのは、全くの初体験の男性。要するにアシを始めた頃の私と変わらない人です。ペンの扱いにも慣れてなく、消しゴムで下描きを消すのも少し乱暴で私自身「昔の自分を見てるよう」な気分になったりもしました。

しかしのんきに感慨にふけってる場合ではありません。そうなると問題は「果たして戦力になるのか」ということです。私のアシ体験初日のブログを見返して頂ければわかるように(笑)、全く経験のないままの初日というのははっきり言って「何もできない」に等しいです。

編集さんたちはあまりそういうことは考えず「とにかく数集めりゃなんとかなんだろ」的に、そこにいたメンツに声かけまくって集めたのでしょう。経験もないのに参加を決意したNくんがすごいのか編集のゴリ押しに負けたのかはわかりませんが、来てしまったからには仕事をしてもらわなきゃなりません。

確かに以前の私の現場も週刊連載で余裕がないところではありましたがそれでも他の人たちは手馴れた連中、勝手がわかったプロの人たちでした。多少できない私がいてもそれほど影響はなかったでしょう(と思いたい)。

しかしこの現場はそれよりも過酷、締切は明日でしかも周りの人もよくわかってないお互いが初対面の人たちばかり。彼の不安、そして我々の不安も相当なものがありました。

しかしそれでも否応なく仕事は進めなければなりません。そして案の定不安は的中します。自分もよくわかってないのに、Nくんの隣に座った私がほとんど彼の指導をするような状況になりました。とにかく作家さんは自分のペン入れを進めなきゃならないので、あまり全員の質問に応じてるわけにいきません。ある程度経験者(それでも当時の私だってそれほどではありませんが)たちが作品を把握し、描かれた背景に合うようなタッチを想像し下書きを全員で照らし合わせながら作成し、チェックを受けたあとペン入れ。

それだけでも大変なのに、Nくんからの質問攻めやペン入れの様子を指導しながら自分の作業をするのは結構大変です。ただ自分の仕事やってればいい状況とは訳が違い、かなり神経と体力を使います。

それでも作家さん自身が新人で、しかもかなりテンパってたせいもあって「そこそこ描けてればOK」の感覚の人だったので、時間が過ぎていけばそれなりにみんな慣れて作業が進むようになりました。

そして夜中になって眠気との戦い、交代で休憩、仮眠を取りながらの作業が続きます。寝ぼけまなこのNくんが立ち上がる時にローテーブルにモロ足をぶつけてしまい、そのテーブルで描いてるみんながビビる、なんてこともありながら(一つのテーブルで描いてるので土台が動くと大変なんです笑)。 でもそこは新人でもみな真面目な人たち、着実に原稿は絵で埋まっていきます。

時折編集さんによる邪魔 いや陣中見舞いが入ります。必死で仕事してる我々の姿を見て

「おおー、まさに「修羅場」って感じだなー」というのんきな感想とともに「差し入れ」と称するスタミナドリンクの配給。

そして何とかかんとか次の日のお昼過ぎに原稿は無事描き上がりました。

「いやーおつかれさん、ははは、ありがとうありがとう」

副編さんからのねぎらいの言葉も寝ぼけ寸前の我々にはその爽やかさが憎らしくも見えます(笑)。

そして現金支給によるアシ代を貰い、近くの喫茶店で軽い食事をご馳走になりました。その頃には徹夜明けのハイな気分も手伝ってみんな饒舌。Nくんも初めての現場、徹夜仕事に興奮したようで、仕事中はあんなにオドオドしてたのが嘘のように元気に会話を弾ませていました。

さんざん感謝の言葉を作家さん、編集さん、Nくんから貰い まあそこそこ気分も上々。こうして私の初めての「カンヅメ体験」は終わりました。

 

はじめはどうなることかと心配しましたが、終わってみると結構「そこそこ楽しかった」というのが正直な感想です。

もちろん本当の修羅場や、厳しい現場もありますがその時はそうでもなく(ほとんどが新人というのも理由でしょうが)体は疲れてはいましたが「やってよかったな」という思いが強かったです。指導する側、指示する側の苦労もそこそこ分かり、私にとって非常に「いい経験」になったと思っています。

あれからNくんには会ってませんが今なにしてるかな。

実はこの時知り合ったもうひとりのアシスタントさんには別のレギュラーの現場で再会することになるのですが、それはまた別の機会に・・。

 

つづく

(この体験記は不定期更新となります。次に続いたり、しばらく後だったりします。ご了承ください。すぐ続きがお読みになりたい方は、こちらをクリックしてください。)

作業以外の面で一番厄介だった現場・・。アシスタント体験記 第29話

 

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