見てるだけで辛い‥ザ・職人作家の苦悩 漫画アシスタント体験記第34話

asi 漫画アシスタント体験記

さて、気難しくてストイック、アシスタントに行きたくない現場で必ず名前が出るような作家さんのところに入った私。しかしながら本人の人柄はいたって普通。というより過去に営業マン経験があるというこの方の人当たりは実に柔らかく、話をするだけならむしろ明るい、優しそうな方でした。

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一切妥協しないその姿はまさに作家の鏡

 

人づての印象など全くあてにならない、いい加減なもんだと思っていましたが全く間違ってるわけではなく、そのストイックさは全て自分自身に向かってるという方でした。

ちょっとしたネームの違和感にも納得いくまで練り直し、その分作業が遅れても 体力的にきつくなるのが分かっていても妥協という言葉を知らない、とことんまでこだわるタイプ。そのためにいろんなところに影響が出てしまい周りも結局苦労する・・といった具合。

 

ちなみにこの現場の作業体制ですがここもなかなかに独特で、基本は泊まり込み。校了まで全員体制でMさんのマンションに泊まり込んで作業。一日12時間の作業があり、 そのあとは残業になるのですが何時まで作業するかは個人の判断に任せるというもの。

つまり眠くなったら自己申告で寝る、というもの。まあこのあたりの作業体制もなかなかに聞いただけだと「ブラック臭」があるので、それが「この現場はキツイ」と言われた理由の一つでしょう。しかしまあ実際はそれほどキツイというわけでもなく(若かったせいもありますが)ワイワイやりながら作業してるとそこまで負担には感じません。眠くなったら寝れるという安心感もあるので、割と精神的には楽でした。

ただ、作家さんだけがただ一人日を追うごとにつらそうにしてるので、こっちもだんだんそれに合わせて寝る時間が遅くなっていくのです。「気にしないで寝ていいよ」とは言ってくれるのですが特に最近入った新人だと先輩や作家さんより先に寝るのはどうしても躊躇してしまいますね。

ネームの直しに、加えて作画に至っても何度も何度も描き直し、気に入った絵になるまで、最後の一線まで気を抜かないその姿はもう尊敬モノです。一流のプロの姿をまざまざと見せられ、その後の自分の作画やネーム作業にまで影響を及ぼしたほどです。

特にネームに関しては、普通の作家さんはキャラの配置などは落書き程度、あるいは○書いてチョン程度の書き方ですが このMさんは鉛筆書きにもかかわらずペン画さながらの「ち密さ」で書きます。ネームの絵をそのままトレースしてもいいくらい。最初からそのくらい作品にのめり込まないと描けないと言います。

おかげで他のアシさんや、自分も次の作品からはネームも落書き程度でなく、ち密に書く習慣ができてしまいました。特にこれから掲載や連載を目指す新人さんはそのくらいであった方がいいかもしれません。編集さんへの伝わり方が違いますからね。

ただ、日に日に顔色が悪くなってくMさんの姿に 見てるこっちがつらくなってくるのも確かでした‥。代わってあげたいくらい。まあ代わったとしてもMさんほどできませんけど(笑)

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部屋にこもって数時間・・呼んでも返事なし。まさか・・

 

そんなある日の事。

いつものようにネームの直しに時間がかかり、作画作業に遅れが生じたMさん。しかしさすがに連夜の徹夜作業で疲れはピークに。いくらなんでも効率悪いと、「仮眠をとる」ということで別室に向かいました。しかしその時間はわずか15分。

そんなんで起きれるの? と思ったが、先輩アシさんに言わせると声かければすぐ起きるよとのこと。仮眠とはいえ神経は高ぶっているのか、少しの物音にも敏感に反応するのだそう。もうそういう生活が何年も続いているので体に染みついてるとのことでした。「へーさすが・・」と感心しながら我々は作家さんのいないまま黙々と作業を続けていました。

あっという間に15分が立ち、たまたま手が空いた私がMさんを起こしに行くことになりました。

Mさんの部屋に行くと中で「目覚まし時計」がけたたましく鳴っています。

部屋を軽くノックし、声をかければすぐに起きてくる・・そう言われていたので部屋のドアを軽めにノック。「Mさん、15分経ちました。」

・・・・・。

「あれ?」

目覚まし音で聞こえないのかな‥と、今度は少し強めにノック。

・・・・・。

返事なし。少し不安になった私は結構強めにノックし、「Mさん、時間です。起きてください。」と声を掛けましたがやっぱり無反応。心配になった私は作業部屋に戻り先輩アシさんに相談。

「すいません、いくら読んでも起きてこないんですけど‥。」

「おかしいな、そんなはずないんだけどな」 聞くと今までは全て一度声をかければすぐに起きてきたそうで、何度かけても起きてこないなんてことは一度もなかったそう。

先輩たちも心配になりMさんの部屋の前へ。そこでまた声をかけドアををさんざんノックしましたがやはり音沙汰なし。目覚まし時計の音が邪魔をして聞き耳を立てて中を確認することもできません。仕方ないので部屋を開けようとしましたが部屋は中からカギがかかってるようで開きません。

作業場は開け放していて、Mさんの部屋は見えている間取りなので、Mさんが部屋から出たのなら一発で分かるはずです。しかし誰もMさんが部屋から出たところなど見ておらず中にいることだけは確かです。しかしどんなにドアを叩いても声を上げても中からMさんが出てくる気配はなく‥。

さすがに心配になってきました。結構長い間部屋のドアをガンガン叩いてたと思います。別のアシさんがマンションの別階に住むMさんの奥様に電話をかけて鍵を持ってきてもらおうとしましたがこちらもつながらず。

「中で倒れてるんじゃ・・そういえばちょっと前から心臓痛いって言ってたな‥発作かも知れん。」先輩アシさんがとんでもないことを。

にわかにざわつく現場。

「そうだ、外から中の様子見れるかも。」作業部屋にはベランダがあり、Mさんの部屋の窓も見れます。先輩がベランダから身を乗り出しさんの部屋を覗こうとします。しかし当然ながら離れているため中までは見えません。しかしカーテンは開いています。窓まで行ければ中を見ることはできそう・・しかしそこへ行くまで数メートル。部屋は5階。下は断崖絶壁(笑)。

先輩「この物干し竿をあの部屋の窓に引っ掛ければあっちまで行けるかも・・」

私「いやいやいや・・💦 届かないし、仮に届いたとしても窓開いてなかったら終わりだし、ここ5階ですよ。間違って落ちたらそれこそシャレに‥」

まあ冗談だろうと思いつつ軽くツッコミ入れてみましたが、先輩の目は結構マジ(笑)。 窓を伝っていくだのドアをぶち破るだのアクション映画ばりのアイディアが飛び交い、

先輩「救急車の用意しとけ、警察にも電話だ。ドア壊して中入るぞ!」

私「なんだかえらいことなってきたな・・でも確かにもし倒れてたりしたら仕事どころじゃないもんな‥」周りの空気に圧倒されて私もすっかり「重大事件モード」に。何か、ドアを壊せるものはないか‥でも普通の部屋にそんな「モノを壊すための道具」なんて置いてないし‥

そんな風にみんなが極限まで冷静さを失ってあたふたしているさなか、Mさんの部屋の目覚まし時計がピタりと鳴り止み、ドアがガチャリと開いて中から寝ぼけ眼のMさんが大あくびをしながら出てきました。

 

「いや~寝た寝た。あれ?みんなどうしたの?」

 

あっけにとられている我々を尻目に、Mさん「いやー30分も寝ちゃったよ。おかげでスッキリ!さーあとは最後まで寝ずに頑張るぞー!」

‥‥何事もなかったかのように仕事に戻るMさん。さっきまでの緊迫感はどこへやら。そそくさと作業再開する先輩。

 

いつものように夜は更け・・その後もMさんのネームの直しによる作画の変更に付き合いながらも 遅々として進まない原稿を後に、疲れた体を布団に横たえる私でした。

Mさんの時折発する「眠気覚ましの奇声」をBGMに聞きながら。

 

つづく

(この体験記は不定期更新となります。次に続いたり、しばらく後だったりします。ご了承ください。すぐ続きがお読みになりたい方は、こちらをクリックしてください。)

 

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