さて前回の続きです。
ある雑誌の新人賞に応募し、授賞式の前に担当編集さんに会うことになった僕。そこで出会った担当Tさんは、見た目はちょっとコワモテ、話してみるとやっぱりコワモテ(笑)の、正直プライベートではあまり関わり合いになりたくない人。
それでもその雑誌でマンガを描いていこうと思うならいやでも付き合わないといけないのが編集さんです。僕はその時書きかけだったネームを完成させ、それを手土産に新人賞の授賞式に向かうことになりました。
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授賞式は滞りなく済んだものの・・
僕が応募した雑誌は業界でも結構な老舗。そこまで大きくはないけど、結構昔から地道にいい作品を送り出してきた出版社の看板雑誌でした。
年季の入ってこじんまりとした社屋(失礼)の中に入り受付を済ませると会議室のような場所へ通され時間まで待つことに。そこに今回の受賞者たちも続々と現れるいつもの光景。
時間になり授賞式が始まる会場へ移動。審査をしてくれた作家さんや編集者たちも集まり、そこにはもちろんTさんの姿が。
しかしTさん、驚いたことに先日あった時とはまるで別人でした。
部屋の隅っこの方に所在なさげで肩をすくめて立つ姿はまるで新人編集のよう。割と大きいガタイのはずですが、それを感じさせないほど小さくなってポツンと一人たたずんでいました。
編集長さんが割と若い方で明らかにTさんよりは年下に見えましたが、声をかけられたTさんはもうビックリするくらい平身低頭。何度下げれば気が済むんだってくらい頭を下げ、ひきつった笑顔で挨拶をしていました。
僕に会った時とのあまりのギャップに驚くやら呆れるやら。中年サラリーマンの悲哀みたいなものを感じる、二度目の対面でした。
授賞式と祝賀パーティーは滞りなく進みました。Tさんと話するのかと思ってましたが一切話をすることもなく。
パーティーと言っても囲みテーブルに座ってみんなで食事するという形だったので(通常は立食パーティーが多い)、席を離れることもなく編集長さんなどと少し歓談をする程度でした。僕としてはそれの方がよかったですが(笑)。
しかし一通り行事が済むと、Tさんがおもむろに近づいてきて
「今日これから時間あんのか?」
と聞いてきました。
「あ、はい‥ちょうど見てもらいたいネームもあるので」と言うと、
「そうか。じゃ玄関で待ってろ」とだけ言い残して去っていきました。
長い一日の始まり
さあ、ここからが長い長い一日の始まりでした(笑)。
出版社ビルの玄関ロビーで待つこと20分余り。Tさんが現れます。
挨拶もそこそこに、僕は持ってきたネームを見せます。
そこからのダメ出し&ダメ出しは割愛します(笑)。まあ前にも食らっているのでそこまでショックではありませんでしたし。
このあたりの僕は「面白いマンガ」を描くというより「編集者の好み」に合わせるのが第一だと思い込むようになっていました。だからいろんなネタをちりばめて、編集さん的に引っかかったものを重点的に掘り下げるというやり方でやってましたので、ダメ出しは覚悟の上です。
しかしこのTさんにはそんなやり方も通用せず(笑)。だって引っかかるところ何もないみたいだから(笑)。結局相変わらずなに一つ褒められもせず、一からやり直しというハメに。「これは相当厄介だな‥」という空気はこのあたりから持ち始めます。
いや人間的に厄介そうなのはすでに初対面で分かっていましたが、それと仕事は別な人もいたりするのでね‥。でもこのTさんは人間的にも仕事的にも「相当厄介」な匂いを、全身から漂わせていたわけです(笑)。
ネームのダメ出しが終わった後、解放されるのかと思ったのですが
「まだ時間あるんだろ、茶でも飲もうや」
そうTさんに言われ、何の気なしに付き合ったのが運のツキ。近くの喫茶店に二人で入った後はひたすらTさんの「マンガ論」を延々と聞かされる羽目に。
しかもそのマンガ論も、いまでは通用しないようなまさしく「昭和」の漫画家がやっていたようなやり方をほぼ強要。
「作業中はテレビは見るな」、「ペン先は減っても新しいのをすぐ買わず、自分で削って節約して使え」etc・・・
しかし、漫画の描き方については納得できるものもありました。このブログでも書いている「タイトルは1ページ目に」、「できるだけわかりやすく情報を入れる」などはTさんから教わったものです。
ただそれを「提案」でなく「半強要」なところが問題な所ではありましたが(笑)。
あとで分かったことですが、このTさん、実は新人の担当になったことが久しぶりらしく、それなりに張り切っていたようです。「俺が育ててやる」くらいの気持ちを持っていてくれたそうで、それに関してはありがたいと思っています。なかなかそこまで思ってくれる人はいません。ほとんどの編集さんがいろんな人を掛け持ちで担当するので、たった一人の新人にそこまでかまっていられないからです。
でもこのTさんには担当になる漫画家がそこまでいないらしく・・正直編集部内でも「ベテランだけど扱いにくい人」の位置づけだったそうです。ぶっちゃけ「リストラ要員」だったと‥後になって他の編集さんに聞きました‥。
だからTさん的にも「何とかコイツを売れっ子にして、自分の地位を確保したい」という思惑があったようです。
その気持ちは非常に嬉しいのですが・・やはりそこは「昭和センス」のカタマリ。当時そこまで若くなかった私でさえ、「正直その感覚は古いよな‥。」と思えるようなマンガ論でした。
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その後もたっぷり付き合わされ・・
喫茶店での漫画論が終わると、あたりはすっかり夕暮れ。そろそろ解放されるかと思いきや
「どっかでメシでも食うか?授賞式でのメシはあまりノド通らんかったろ。」
「え?え、ええ・・まあ・・でも、もうこの辺で・・」
「いいからいいからついてこいや。この辺で新しい沖縄料理店見つけたんだよ。普段ロクなもん食ってないんだろ?任しとけって」
全くもって余計なお世話でしたが結局剣幕に負けてメシまで付き合うことに。
少し長くなりそうですが、また次に持ち越すような話でもないので最後まで行きます(笑)。
沖縄料理店につくと客はまだ一人もいなくて、我々の貸し切り状態。そうなるとまたTさんの独壇場になります。
店の店主は結構若そうに見えました(つっても30代半ばほどでしょうか)。何年か修業したのち独立し、やっと自分の店が持てたという感じの、若手経営者。
しかしそんな店主が自慢気に出してくる料理を、Tさんはことごとく批判します(笑)。
「硬ってえなこの肉・・あんまいい肉使ってねえだろ」「味が濃すぎんじゃねえの。次々出てくるのを少しずつ楽しみたいんだからあまり濃いのはよくねえよ」「もう少し勉強した方がいいな」「まだ店出すの早かったんじゃねえの?」・・・
初めの方こそ愛想笑いしながら聞いてた店主も、あまりのダメ出しの連発に顔が引きつってくるのがわかります。
その空気に耐えかねて、僕がなだめに入るという展開に。
「まあまあTさん、一生懸命作って下さってんだし‥」
「一生懸命作るのは当たり前なんだよ、問題は味だ」
「いや味も美味しいじゃないですか、全然悪くないですよ‥」
「そうか?お前味覚おかしいんじゃねえの?」
・・せっかくなだめようとしてるのにこの始末。いや実際そこまで悪いものではなかったんですよ。そこそこおいしかったし‥。でもTさんはとにかく少しでも気に入らないところがあれば言わない時が済まない性格。多分Tさんなりに親切心のつもりなのでしょう。
しかし初対面でコワモテのガタイのいいおっさんが上から目線で文句をつけてくる。もはや店主にしてみればどっかの筋の方が店を潰すためにイチャモンつけに来たようにしか見えなかったでしょう。
そして僕の方も、そもそもなんで僕がなだめ役やらなくちゃいけないんだという理不尽さも感じながら(同類に見られたくないという思いもある(笑))、非常に空気の悪い食事をしなければならなかったのでした。
その後夜になると今度は行きつけのキャバクラに連れていかれます。そこは店のママさんが「オネエ」で、ホステスは女の子という不思議なところ。そしてそこでもホステス相手に説教の嵐。
・・・イヤホント、改めて書いててこのTさん、よく今まで無事で生きてこられたなと言うくらいの、トラブルメーカーのような人でした。
実際にケンカも相当してきたでしょう。ガタイが大きいから威圧感もあって普通の人は近寄りがたい感じの人ですが、今まで書いてきたようなこと毎日続けてればそりゃ反感も買うでしょうからね。
その後ベロベロに酔っ払い、「もう一軒いこ!もう一軒!」と昭和のコントのようなセリフを吐くTさんを無理やりタクシーに詰め込んで、長くつらい苦行の時間から、逃げるように家路についた僕でした(笑)。
…その後しばらくするとTさん・・・・・・異動でマンガとは全く関係のない部署に移ってしまいました・・・(苦笑)。
たった一言「人事異動で編集部を離れることになった」と、メールでの報告。
特に引き継ぎもなく、僕も別の編集さんとの打ち合わせが立て込んでいたため、それでもうTさんとは最後となりました。正直「ホッと」していたのは事実です(笑)。
それからTさんには会っていません。今頃どうしているやら‥。でも、そうそうああいう人が性格変わるとは思えません。今でもいろんなところでダメ出ししてひんしゅくを買っていることでしょう。
かかわりになりたくはないけど、はたで見てる分にはオモシロい人でした(笑)。彼なりに情熱があってやっていたことでしょうから、今ではあのムカつくダメ出しも懐かしく感じてしまいま・・・
せん!
(笑)(笑)。思い出すだけでムカつく。二度といやですわ(笑)。
僕が会った編集の中でも飛び切りインパクトのあった「ザ・昭和」な編集さんのお話でした。
ではまた。
でも何とか時間作って更新は続けていきたいと思ってますので、見捨てずお付き合いいただけると幸いです(笑)。
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