前回の続きです。
そしてもう一つ、私が聞いたアシスタント失敗談の中でもなかなかの極めつけのこのお話を紹介しましょう。
意思の疎通は大事。それにしても・・
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それにアシスタント時代は、他人の漫画を強制的に手伝わされ(←言い方)、休みは休みで自分の漫画を描かいといけない。そりゃいくら好きなことでもイヤになります。
ある有名作家さんのところに初めてのアシスタントとして入った彼。 仮にSくん としましょう。二十代前半、漫画の専門学校卒業したばかり。相当緊張してたと思います。なにせその作家さんはベテランで、まさに「絵師」と言われるような方。絵の細かさ、背景の細かさに定評がある方です。そんな人のところへ全くのはじめてのアシスタント先として入るのはかなりの勇気がいります。
当然ながら戦力として考えてたのではなくあくまで「仕上げ要員」。消しゴムかけ、ホワイトかけ 修正など作業そのものに専門的な技術がいるわけではない、雑用に近い仕事。しかしそれでもしっかり集中してやらないと消し残しがあったりして怒られます(私のように)。
作業は深夜に及び、それでも後は作家さんの扉絵一枚を残すのみとなりました。 絵師と呼ばれる作家さんが魂込めて描いた一枚絵。それなりに満足いった絵が描けたとご満悦な作家さん、Sくんを呼び出し、 「これ、消しといて。」と指示。Sくんは先生直々に指示されたことで緊張はピークに。しかし元気な声で「分かりました!」と原稿を手に自分の机へ。
5分経ち・・10分経ち・・しかし一向に原稿は帰ってきません。(下書きの鉛筆線を消すのにそんな時間かかるかな・・) 若干不思議に思いながらも作家さんは、深夜に及ぶ作画作業の疲れもあってそのまま机に突っ伏してウトウト・・仮眠に入りました。
これが災いの元でした。作家さんも後で「あの時俺が仮眠にさえ入らなきゃ・・」とさんざん後悔していました。どのくらい時間が経ったでしょうか・・
「先生、出来ました!」元気のいいSくんに起こされる形で作家さんは仮眠から覚め、Sくんから原稿を受け取りました。そして寝ぼけ眼で見た原稿は・・「真っ白」でした。
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原稿も真っ白 頭の中も真っ白
はじめ作家さんも、寝ぼけているせいか、一体何が起こっているのかわからなかったそうです。いきなり真っ白な原稿を渡されて「俺は何をしたらいいんだ・・」と、途方にくれていました。しかし、だんだんと意識がはっきりするにつれて・・恐ろしい現実が目の前に繰り広げられていることに気づきます。
思わずSくんに「これ・・何?」 Sくん「いや あの・・消しとけとおっしゃったので その・・」作家さんの反応にSくんもさすがになにかマズったかと心配しながら状況を説明。
お分かり頂けだであろうか?
作家さんが言った「これ、消しといて。」 この場合の「消す」は当然(鉛筆の下書き線を消しゴムで消すように)という意味です。 しかしテンパっていたSくん、原稿いっぱいに描かれてある作家さん渾身のペン画もろとも、すべて「ホワイト修正」してしまっていたのです。つまり全部のペン線にホワイトをかけ、原稿を何も描かれてない「真っ白」な状態にして戻してきたのです。
ハタから見れば考えられない話です。だって普通に考えたらそんなことする「意味」がないのですから。原稿を真っ白にしたいなら机の横にまだ何も描いてない「まっさら」な状態の原稿用紙が山ほど積まれているんです。それを使えばいい話です。
Sくんの名誉のために言えば、Sくんだって普段の精神状態ならそんなことはしなかったかもしれません。極めて普通の男性です。なにか体に問題を抱えているわけではありません。状況判断は普通にできる普通の人(だと思う)です。
しかし初めてのアシスタント、相手が有名作家となればそれくらい人は緊張するのです。(といってもそれでも珍しいケースだとは思いますが。)
そのあとはもう想像したくもありません。 事態の重大さにひたすら平謝りのSくんに言葉をかける気力もなく、作家さんは泣く泣く一から描き直すハメに。
それからSくんがどうなったのか、聞く勇気もありませんでした。まあかなり昔の話で、作家さんも今では笑い話にしてるのでそれを聞いた私自身も「気をつけよう」という自分への引き締めとして肝に銘じたというお話でした。(ひょっとして作家さんもそれが目的で語ったのかも?)
いかがでしたか。私自身たくさんの失敗を経験し、Sくんを笑う資格などありません。みなさんも「さすがにそこまで」と思うかもしれませんが、人間極度に緊張すると普段からは想像もつかない失敗をすることがあるのです。自分の技術に自信のないときは特に。
先輩たちのありがたい失敗談を参考に、自分の仕事のやり方、取り組み方を今一度見直してみることをおすすめします。
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