さて、作家Mさんのところにお世話になって早や1年近く。
仕事は決して楽ではありませんでしたが、勝手がわかってきて、しかもある程度仕事ができる精鋭5人、チームの結束も深まって割と連載はスムースに進んでいました。
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安心しきってたところに思わぬ落とし穴
そんな時私はまたも「ヘルプ」で、ある作家さんのところに2日間だけ入ってくれないかと、担当さんに頼まれました。
この現場でヘルプを頼まれるのは二回目。前に行ったヘルプ現場はなかなか個性的な現場でしたが、仕事をする分にはそんな苦労するようなところではありませんでした。
なんで漫画家になったの?ってくらい「リア充爆発」の作家さん 漫画アシスタント体験記第35話
なので今回も私はそんなに気にすることもなく、体も空いていたので「あ、いいですよ」と気軽に返事をしてしまいました。
しかしその後・・・まさかあんなことになるとは、この時の私は想像だにしていなかったのです・・・。
現場は、当時私の住んでいたアパートから割と近い場所。まあそれでも電車で30分くらいの私鉄の沿線。駅からは歩いて10分くらいというので、駅に着いたら電話してほしいとのこと。まあこれはどこの現場でもよくある話です。
作業時間はお昼の12時から12時間で、現場泊まり込みの作業。朝には時間の余裕もあったので、私はゆっくり「お泊り」の準備をして少し早めに最寄り駅へ。そして駅から仕事場へ連絡すると、聞いていた感じよりは結構若い人らしい男性が電話に出ました。
「あれ?」と思いましたが、すぐ「ああ、アシスタントさんか」と思い、要件を告げると「すぐ行きます」とのこと。この時も迎えに来たのはアシスタントさん。作家さんとは現場で初対面となりました。
よみがえるトラウマ・・悪夢の始まり
作家さんは「S」さんとしましょう。眼鏡をかけ真面目そうな、いかにも「理系」大学上がりと言った風貌の方。でも漫画家さんにも多いタイプです。ただいわゆる「オタク」と言ったタイプではなく、漫画家の中でも割と「硬め」な印象のある作家さんのタイプ。
弘兼憲史さんタイプと言えばわかりやすいかな。最近の人はわかんないか(笑)。つまりちょっと「学者肌」な感じの方でした。
作風も、結構専門知識が出てくる職業マンガ。しかも背景も緻密で、しっかりとした画力が必要な作風でした。
私も最初作品を見たとき、その背景の描き込み具合にちょっと心配にはなりました。しかしこの仕事もある程度やってくると、作風と現場の雰囲気は必ずしも比例しない、ということが分かってきます。
実際当時入っていたMさんのところも、決して背景が軽いわけではなく割としっかり描き込む系の漫画です。
そういうところのアシさんだからということで、私に声がかかってきたのでしょう。
その頃の私は、背景作業に関してはそこそこ自信も出て来ていたので、ち密な背景であってもそこまで心配はしていなかったのです。
軽く挨拶をし、さっそく作業開始です。いちおうSさんは私の描いた背景を雑誌などでチェックしていたらしく、最初からなかなかに細かい建物の背景が回ってきました。
しかもトレースではなく、見本を見ながらの描き起こしです。
少し緊張はしましたが、最初にしっかりと「描ける」ことを証明しておくと、そのあとが楽になることを知っていた私は、少し時間をかけ、細部まで正確な下描きを描きました。わかりにくいところには鉛筆で説明までつけて。
そして下描きチェックにSさんのところへ。
眼鏡を直しながらおもむろに原稿に目をやるSさんが一言。
「ちょっと遅いね。」
私「! あ、ああすみません、わかるようにしっかり描こうと思って・・。」
Sさん「下描きにこんな時間かけてちゃダメ。スピードに気を付けて。」
私「わかりました‥。」
まるで初めてのアシスタントにされる注意をさっそく受けてしまい、恐縮しながらペン入れ。それでも私はスピードには結構自信があり、名誉挽回とばかりに仕上げた原稿を持ってふたたびSさんのもとへ。
結構うまく描けた自信があり、これでSさんにも満足してもらえるだろうと思い込んでいました。ところが・・。
原稿を受け取ったSさん、「うーん・・」としばらく考え込みます。
「イマイチだねえ・・」
「ここのタッチは要らないから消して、こっちにタッチ足して」
私「あ、はい、わかりました。」
再び机に戻り、言われたところを直して再度チェック。
Sさん「やりすぎだよこれじゃ・・。こここんなに線を入れたら目線が行っちゃうだろ。
こんなとこ目線行かせたくないんだよ。」
私「あ、ああ、すみません・・・・。」
そのあとも「ここの線の入れ方が違う」「この小物こんなに手を抜いちゃダメ」
「この空間が白すぎる」「こっちはタッチ入れ過ぎ」
と、なかなかOKが出ません。
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どうやらSさんは、ある程度背景が描けていたとしてもその「処理の仕方」や自分のイメージと少しでも違いがあるのが嫌なタイプ。頭の中に完成図があるようで、それに合わないとリテイクを繰り返す作家さんだったのです。
このあたりから、私の頭の中に、あの忌まわしい記憶がよみがえってきました。
そう、初めてアシスタントに行った「あの作家さんの仕事場」での、もはや思い出したくもない「リテイク地獄」が。
リテイクリテイクまたリテイク! 漫画アシスタント体験記 第4話
しかしあの当時は私も「初めてのアシ」ということで、ある程度「できなくて当たり前」という精神的逃げ道(?)がありましたが、今回はある程度キャリアを積み、それなりに自信がついてきたころの話。
しかも後で聞いた話ですが、あのMさんのところでアシをやっている人ということで、この作業場で「凄いプロアシが来る」と、噂になっていたようでした。何せ本人を知らない人からは「厳しい現場」と思われているMさんのところで1年もアシをやっている人だから、相当な「手練れ」が来るのだろうと。
にもかかわらず、やってきた来た私はいきなり下描きの段階でリテイクを食らい、しかも丁寧に描こうとしたことが裏目に出て、「作業が遅い」というイメージさえ持たれる始末。
そのあともなかなかOKが出ず、私の精神状態も「かなりヤバい」状態になっていました。
こうなると私はもはや今までの自信はどこへやら。すっかり「意気消沈」し、無言になり、ただの「ネクラで仕事が遅い、まったくヘルプにならない役立たずアシ」と化していたのです。
その後、何とか仕上げたものの、今度渡されたのは背景ではなく、仕上げ処理。
いわゆる、そんなに技術のいらない雑用に近い仕事。しかしそこでも「カケアミ処理」に手間取り、またまたリテイクの嵐。
仕上げのリテイクはまた大変なんです。背景の一部分の失敗なら他の部分を綺麗に描くことでごまかせたりするのですが、カケアミなどの処理の場合、失敗するとほぼ全部直しになることが多いです。
そして直す時も、ホワイトを入れた後描き直すわけですが、ホワイトで盛り上がった部分に線を入れるので一段と難しくなります。
そして何度もミスをすると、アナログ原稿はもはや『その部分』にそのまま描くことは不可能になり、「切り貼り(何も描いてない原稿と失敗した原稿を重ね、失敗した部分をカッターで切り取り、何も描いてない方と取り換える方法)」というやり方を使わなければなりません。
当然新しい原稿を一枚無駄にすることになるので作家さんの許可がいります。
そのことを恐る恐る作家さん打診すると、Sさん、
Sさん「ハア~・・・・」とため息。
そのあと「○○君教えてやって」と、さっき私を駅まで迎えに来た若いアシスタントさんに指示。
新しい原稿を受け取り自分の机についたころにはもはや私の喉はカラカラ、心臓はバクバク、重苦しい雰囲気に懐かしさを感じる余裕もなく、すでに心の中で「あの言葉」を呟いていました。
「早く帰りたい…。」
しかし、もちろん仕事は始まったばかり。しかも今回は泊り仕事で、明日の夜中までこの重苦しい仕事場から一歩も出ることはできません。
なかなかの絶望感に包まれていた私でしたが、しかしそれは「本当の地獄」への、ほんの入り口にすぎませんでした‥‥。
つづく
(この体験記は不定期更新となります。次に続いたり、しばらく後だったりします。ご了承ください。すぐ続きがお読みになりたい方は、こちらをクリックしてください。)
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